裁判を傍聴した

数年前に失業したとき、とある飲食企業の入社面接において、経営幹部から会社概要と事業の説明があった。
その時に幹部が、新しい店舗のコンセプトのヒントや事業アイデアを得るために、様々な事をしたと話し、


「君は裁判の傍聴席に座ったことがあるかい?僕は座って聞いてみたりもしたんだよ」

 

確かこういった話もしていた。

 

幹部は、意外なところから事業のヒントが生まれると、そう誰かに言いたかったのかもしれない。


それを思い出し、僕は3年前くらいから暇があれば裁判の傍聴を行うようにしている。


まだそんなに多くはないが、殆どが軽犯罪で、重大な犯罪や全国ネットで報道されるものは傍聴しない。
並ぶのが面倒だからだ。


これまでみてきたものは、詐欺、覚醒剤、窃盗、無銭飲食、酒気帯び運転、常習賭博、公衆わいせつ等だ。

 


裁判は、一つの部屋で幾つか事件が時系列で機械的に行われる。
当たり前だが、映画やドラマのような、刺激的なやりとりは一切ない。
ただ淡々と、何かの台本通りに物事が進んでいくような、大根役者が演じる棒読みの軽い出し物を観ている気分に近い。


僕以外の傍聴人は殆どいないことが多くて、いても2,3人。
だがその多くは事件関係者または次の事件の関係者ばかりだ。

ごく稀に僕と同じくらいの時間ずっと裁判を傍聴している者がいて、何か手帳にずっとメモしていた様子がうかがえた。
裁判を題材にして小説を書く人もいると聞いていたが、今思えばそれだったのかもしれない。

 

 

サラ金の過払い金問題の裁判を傍聴したときなどは、原告被告ともになぜか出席しておらず、双方の弁護士のみで「あんたは関係者ですか?」と不審な目をした裁判官から尋ねられた。
僕はその時にジャージを着用しマスクをしていたので、完全に場違いな恰好ではあるが、「いえ」と小さく返事をしたところ「ああ見学ですか」と言われ、それ以上追及されることはなかった。

 


印象的な裁判としては、例えば、二度目の覚醒剤使用で裁判にかけられた50代後半の男性だ。

別れた女房と寄りを戻し、孫にも恵まれ家族全員で生活していて、「その家族のネットワークがあるから、三度目の覚醒剤使用はない、私はこれまでの自分が大いに恥ずかしく反省している」確かこういったことを話した。

彼には学が無いのか、自分の気持ちをきちんと言葉にすることが出来ず、その陳述は終始しどろもどろで、五十にして天命を知る、という概念を抱いていた僕としては、その姿は少なからずショッキングだった。

だが、証人として訪れていた奥さんの目には涙があり、そこには家族として最後まで見捨てない、といったかたい結束力があった。


この男性の裁判の結果が非常に気になり、二週間後に改めて裁判を傍聴しようと訪れると既に判決が下っており、部屋の入口近くに立っていた弁護士に結果を聞いたところ、「懲役2年」とだけ答えた。

 

 

それから、40代前半の被告人も印象に残った。
マンションのオートロックをくぐり抜け、共有廊下において女児児童に下半身を露出した、として起訴されていた。

見た目は非常におどおどした男性で、その表情には恥ずかしさのような感情が溢れていたが、罪状が無ければ普通の、平凡なサラリーマンでとてもそのような事件をしでかしそうな人間には見えない。

犯行に及んだ動機は、「仕事に疲れ、ストレスから」とあったが、ホントのところの理由は分からない。

 

人間はちょっとしたことですぐに頭がおかしくなると僕も理解しているから、他人事には感じられない事件だった。

この男性には執行猶予がついた。

 


裁判の傍聴は、最初のころは好奇心から何を見るにも新鮮で、自分とは違う人生を歩む人間を、しかも映画ではなくて現実で垣間見えるのだから、不謹慎だが非常に面白味を感じていたものだが、次第に疲れるようになった。


当たり前だが裁判沙汰になるくらいだから基本的には社会的に恵まれていない者が多くて、経済的貧しさが原因だったり、あるいは精神的な貧しさともいえるものから引き起こされた事件だから、見ていてあまり気分が良いものではないのは確かだ。


僕はいわゆる、社会階層の下の階層の人間ドラマをこれまで見ていたわけだが、上昇志向がある人間は決して下を見ず、上しか見ないらしい。

 

上述の飲食企業幹部のように、何かを得、何かを生み出す人間に僕はなりたくて、素直に彼に従い同じことをしたが、今のところ僕には何も生まれてこない。

 

ゼロ、下層、底辺、そういったところからは何も得られず、また生み出されるものは無いのだろうか。

 

だが普段見られない、僕とは違う世界に生きる人間模様を垣間見ることが出来たのは大きい。


それは社会階層の最下層に位置し忘れさられている彼等もまた人間であり、またアメリカ大統領のトランプ氏は、その忘れられた人間の再浮上を目指す政策をとると主張している。


日本はどうなるのだろうか。

 

経済構造によって犯罪の傾向は変化するから、これからも時間がある限り傍聴は続けたい。


出来れば、外国人や、比較的恵まれた人間の起こす事件などだ。

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