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夢を与える黒柳徹子氏

病院の待合室でテレビを観ていたら、黒柳徹子氏が出演するトーク番組が朝から流れていた。

もう数十年もテレビに出演し活躍し続ける彼女、話しぶりは多少口元がおぼつかない点はあるものの基本的には滑舌としているし、元気で、記憶力も凄い。

テレビが白黒時代の当時の自身の映像が流れた時のことも鮮明に覚えていて説明をするほど。

 

面白いのでしばらくみていたら、「16歳の視聴者から黒柳さんに質問が入ってまして...」と、司会役の女性が話した。

 

"将来何がしたいのかわからず、私はボーっとした性格なのですが、黒柳さんはなぜ、芸能界に入ったのですか"

 

というものだった。

 

「元々は子供の読み聞かせが上手くなりたい、という気持ちがあって、そのような習い事がないか思案していると、母親が"新聞に出ているはずだから見てみなさい"と言ったんです。で新聞をひらいたら、真ん中にNHKの広告がドーンとあって、今度テレビを始めるから、俳優を募集すると。それで応募して、6000人の13人に残ってですね。
"個性が強すぎる"とか言われて、ああ、これはもうダメかなーと思ったりもしましたけれども、"その個性が欲しい"といわれるようになり、そのままで良いんだということで、結局ここまできてますけどね」と笑って黒柳徹子氏は話した。

 

また、しきりに「何がどうなるか分からないのだから」と繰返し、「自分が何が好きなのかわからなくても、"私、これが好きかも"と思ったらやってみる。そういう意味では常にアンテナを張っておくのは大事かもしれないですね」と結んだ。


黒柳徹子氏もそうだが、テレビが白黒時代の、それこそ古き良き日本から今に至るまでそれぞれの業界で第一線で活躍している人は、どちらかというとやりたいことを見つける、というよりは、気が付いたらその道にいました、ここにいました、と表現する人が多いように感じる。


当時は選択肢が限られていた時代だったのだろう、そういう意味では、何でも選べる今の時代の方が逆に難しいのかもしれない。

 

昔、坂本龍一氏が雑誌かテレビかのインタビューで、"だから君もやりたいことを見つけろ"というフレーズにはあまり良いイメージがないという趣旨のコメントをしていて、
その表現は逐一正確ではないのかもしれないけど、やりたいことや目標設定至上主義みたいな世の中に一石を投じたようなものだった。

 

だからあまり肩肘はらずに人生をやるくらいがちょうどいいのかもしれない、それがうまくいくかどうかは別として。


黒柳徹子氏の話に戻るが、彼女はユニセフ親善大使の活動も30年くらいやっていて、ネパールで出会った少女のエピソードも話していた。

 

「...私が出会ったばかりの彼女は毎日ゴミ捨て場の砂を拾ってそれを売って生計を立てている少女で、"あなたは何になりたいの?"と質問したら"洋服屋"になりたいって言ったんです。それなら早くやりなさいよ、私がおばあさんになってしまう前に」


「数年後、再開したら彼女は私の事を覚えていて、"私に何がやりたいの?と質問してくれたのはあなただけだった"と言って、彼女はミシンを買って民族衣装を作っていたんです。その様子を、そばで見ていたユニセフの方は感動して泣いていましたね。
夢を与えることが出来たんだって」


そこで番組のチャンネルを変えられてしまったが、黒柳徹子氏が若かりし頃のテレビ番組には定評があり、当時の多くの子供に大きな影響を与える内容だったようで、今の50代の方からの人気も根強い。
日本の子供に夢を与え、世界の子供にも夢を与える黒柳徹子氏。

 

舌がつっぱらかってうまく話せないのか、かんでしまって笑いが起こるシーンもあったが、トーク内容はまだまだ聞かせる大変面白いもの。

 

あの年齢であのバイタリティーとエネルギーは凄いなー。