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政治家の付き人をしていたときの話

その他

2009年、民主党政権が政権を奪還した当時、僕は無職だった。

年商10億円規模の中小飲食企業を退職し、転職先も決まっていなかったので

ハローワークに通ったり、面接をしながら日々過ごしていた。

 

そんなある日、面接の帰りに通りを車で走っていたら、ジャスコの前に一人街頭演説をする男性がいることに気付いた。

スピーカーを片手に、街宣車も何もなく、たった一人で演説をしていたのだが、

それは別に珍しい光景でも何でもなくて、むしろどこででも見かけるものだ。

その昔、政治家の仕事を夢に描いていたことを思い出し、ピンときた僕は、走らせていた車を適当に停車して演説をしている男性のもとへ歩いて行った。

 

その時点では、何を話すのか、どう声をかけるのか、全く考えていなかった。

ただ、話してみたかっただけなのだ、いわば好奇心。

 

僕が「すみません、演説をきいていましたが、いや、大変素晴らしい。非常に含蓄のあるお言葉で...」と思い付きで話しかけると、男性は演説を止め、非常に満足気に自身の政策を語り始めた。

 

聞けば、自民党の公認候補で、国選に何度か挑戦しているものの、今だ当選せず

しかもこの2009年当時は、前述したように民主党政権が誕生し、日本全体が、何か変化が起こるのではないかと、特別な空気が流れていた時期でもあった。

 

件の男性は、ただ単に、自民党の公認というだけで、他には何もなかった。

(凄いことなのだろうが、凄さが分からないので)

 

僕は政治には興味はないし、当然、知識なんて無かったから、本来はこの男性と共有する話題も無ければ彼も僕のような無職の何もない人間には興味なんて持たない。

それでも喜んでくれたのは、僕が、彼の演説を「真剣に聞いていた」と、思われたからだ。

 

それから、個人的に携帯電話番号を交換し、その日の夜から付き人のようなことを始めた。

これは、自然の流れだった。

彼には秘書が2人いて、僕は何か具体的に手伝いをさせてもらえる訳ではなかったが、行く先々で一人前の大人として扱われ、それは飲み会の場だったり、時には料亭の奥の間での重鎮がいる場、または、演説パーティや私設ラジオにも招待され、コメントを述べもした。

 

彼は議員ではなかったが、叔父が地元の名士で、そのためか分からないが各界の人間が数多く彼を取り囲んでいた。

誰もが名前を聞けば分かる人間もいれば、名刺に自分の名前だけを書いて何をやっているのか分からない者もいた。

酒の場で、彼は良く酔っぱらっているふりをした。

周りが構わずに騒いだり本音を話しはじめたりすると、僕にそっと「良いか、酒の場では誰が何を言っているのか見ていないようで俺は見ているんだ、本音を探るんだよ」と、教えてくれた。

僕は酒を飲まないので、周りの人間が、彼に票を提供する代わりに何を求めているのか、明確に分かった。

それは大体の場合は金だったように思う。

 

周りに集まってくるのはいわゆる民間人のみではなくて、公安の人間もなぜかうろついていた。

「俺は公安に監視されているんだ」と彼は常々言っていて、その理由は分からないものの突然彼と一緒に行動しだした僕も公安になぜか注目され、名刺を渡されて「あなたは新しい秘書か、彼とはどこで知り合いましたか」等と、あまり気持ちの良くないことも聞かれたりした。

 

そうこうしているうちに選挙が始まり、僕もビラ配りや送迎など様々な手伝いをしたが

その時も彼は落選してしまい、比例代表としても当選しなかった。

その夜、彼と彼の大学の同級生、そして僕で敗因を語り合いながら酒の場を持ったが、それが最後だった。

 

僕には生活があり、食べていかなければならないという事情もあったし、

同じタイミングでようやく今の会社に転職が決まったということもあった。

そういう意味では僕の生活の中に政治は無かったし、そうなると、自然と行動を共にすることもなくなった。

 

とはいえ、公設の秘書を目指して付き人を続ける、という選択肢も、正直なところないわけではなかった。
民主党政権だったため戦局は逆風で、当時の秘書は彼が落選して2人とも辞めてしまったし、彼の周りからも人が減っていたからだ。

僕のようなバックボーンが何もない者でも、入り込む余地は間違いなくあった。

 

だが、僕には、あのような世界で生きることは出来なかったのだ。

政治の世界について、魑魅魍魎という表現は正しい。

僕はその入口の手前の風景を見た程度に過ぎないが、それでも大変だと感じた。


そして現在、風は変わるもので自民党が再度政権を奪還。
現職大臣がその地位を追われる程の激震が走ったが、彼もそれまでの敗戦が嘘のように流れが良くなりそして見事当選。

 

今も、現職国会議員として活動している。

 

人生とは、分からないものだ。

 

だが僕は後悔はしていない。