とある精神疾患男性の話
先日、近所で警察沙汰になるちょっとした出来事があった。
事件でもなんでもないのだが、とあるアパートに住んでいた60代近い男性が、「鍵が無いので家に入れない」と警察に通報し、そのアパートを管理している不動産業者が駆けつけ、開錠し、その場の状況確認に追われていた。
聞くとこの男性、とある精神疾患を患っているようで、アパートに在住していた当時から幻聴や幻覚に悩まされ、薬を服用している時は普通の住民たちと同じような生活を送れていたようだが、それを怠ると他住民たちとちょっとしたいさかいを起こすようなトラブルがこれまで発生していたとのこと。(暴力沙汰とまではいかないが)
だがここ最近は突然行方不明になり、家賃の滞納が続き、その男性本人はもちろんの事、彼は独身のために身内の方ともコンタクトが取れず、不動産会社も対応に苦慮していたようだ。
そのようなやり取りを、警察、男性、不動産業者、と、目の前で繰り広げられ、その男性もあまり話し方がうまくはないため、何を言っているのか時折分からずにコミュニケーションが難航していたが、数十分もすると警察も不動産業者も状況が分かってきた。
現在この男性は精神病院に入院しており、荷物を取るために自宅に戻ってはきたものの、自身が保有していたアパートの鍵は
「友人に預けてある」
ということで自宅に入れないと話す。
その友人からカギを受取ればいいのでは?
その場にいる誰もがそう思ったものの、そこは彼と友人との間の何らかの問題があるようで、しかもその友人は男性の自宅にある家財道具の一部を持って行ってしまったようだ。
この男性も男性で、自宅を引き払うことを勝手に決めて、行方不明になったと同時に近くのリサイクル業者に家財道具一式を売却しており、そのお金だけを受取り、家財道具はリサイクル業者に引き渡しをしておらず、そして一部は友人が持って行ったという、何ともでたらめな行動。
当の男性は終始笑っており、その友人と、不動産業者から借りた携帯電話で話していたが。
興味を持った僕はすきを見てあれこれと話しかけ、実は男性の実家はある程度の資産家であることが分かった。(不動産業者からも話しを聞いたので分かった事)
詳しい事情は知らないが、精神疾患と度重なるトラブルで、身内から見放されてしまったのだろう。
彼の行動そのものも周辺住民からは恐怖以外の何ものでもなく、孤独な毎日を送っていたようだが、そんな彼が大事そうに抱えていたスケッチブックが目に移った。
承諾を得てそこに描かれた絵を見てみると、何とも、創造的かつなかなかの絵がスケッチされていた。
幾つかあったが中でも印象的だったのは女性の裸体。
「これはあなたの彼女ですか」と僕が質問すると、彼は笑顔で首を横に振り、プロが描いた絵を模写したものだとこたえた。
ここまで彼と話してみて思ったのは、このような方が、違う形で社会に席を設けて座ることが出来ていれば、もっと違った結果になったのではないかという事。
この記事にもあるように、その人特有の、何らかの疾患が足を引っ張り、家族はおろか周りからも毛嫌いされ、その人生をひっそりと終えてしまう人間は割といるのだろう。
では、彼には他にどんな選択肢があったのか、それは僕には分からない。
もしかすると画家になる道はあったものの挫折したのかもしれないし、その他にも、占い師くらいしか僕にはアドバイスが出来ない。
たらればの話をしても仕方がないが、その男性が一人寂しく荷物を担ぎ、精神病院に歩いて向かう後姿は何とも言えない哀愁が漂っていた。