ミャンマーの日本人墓地を訪ねる

旅の目的として、日本人墓地には必ず行きたかったので、その日は早起きし、ホテルの朝食を食べて腹ごしらえ。

 

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バイキング、味は普通です。

 

食事を済ませ、ホテル入り口で待機しているタクシーの運転手と日本人墓地へ行きたいと交渉。

ガイドブック上は往復15000チャットとあったので、(2013ころの情報なので古い)それを基準に交渉。

「ノーノー」とほほ笑みの国の男子の顔が濁る。

数日滞在して思ったのは、いたるところで値段が上がっていること。

シュエダゴン・パゴダの入場料も3ドルほど上がっていた。

 

 

日本人墓地までは往復30000チャットだという。

「ベリーベリーファー」遠いんだよ、ということらしい。

25000チャットで交渉成立、タクシーに乗り込む。

 

運転手によると片道だいたい1時間はかかるんだそうだ。

 

あまりに暇なので、僕は英語がほとんど話せないが片言ながらタクシーの運ちゃんと

話す。

 

僕「月にいくら稼ぐの、タクシーの仕事で」

 

運ちゃん「だいたい700000チャットくらいさ、家族とヤンゴンに住んでいて、子供が三名と奥さんがいるから

生活費は高くついてしょうがないよ、俺は金がない、ははは」

 

僕「そうなんだ」

 

運ちゃん「そうだよ。軍の奴らはふざけてるよ、彼らはたくさんの外国からのお金を自分のポケットマネーにしているんだよ。

以前は高級車の殆どは彼らが所有していたし、我々は普通の車すら変えなかったんだよ。スーチーはとても良いよ。」

 

かなりつっこんだ話もしてくれて、

 

僕「そうなんだ。アウンサンスーチーのことだよね?彼女は日本でも有名だよ」

 

運ちゃん「そうそう、アウンサンスーチーだ。彼女はとても良い。一気にデモクラシーが進んで、前までは高くて買えなかった日本車だって自由に変えるよ。」

 

僕「ティンセイン大統領(前ミャンマー大統領)はどうだったの」

 

運ちゃん「ティンセインもだめだね、メニメニポケットマネーだね」

 

思わぬ政治の話になったが、あまり政治の話はするなともいうので、この辺で切り上げる。

 

とはいえ、車といえば日本車が数多く、中でもトヨタが多いのでそのことについて聞くと

 

ミャンマーではトヨタが人気だね、僕も欲しいし」と運ちゃんはこたえる。

 

 

トヨタ、ホンダ、マツダ、この順番で日本車を見かける。

ニッサンはあまり見かけなかった。

 

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こんな車も見かける。

もちろん日本車だが、現地に幼稚園があるわけではない。

日本から中古車がたくさん流れているのだろう。

 

車に日本語が書かれていると、その分、”日本車”という信用が上がるらしい。

 

そうこうしている間に日本人墓地へ到着。

 

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僕以外は誰もいない。

入口に現地の男の子がいて、「こんにちは」と話しかけてくる。

 

しばらく歩くと、

 

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杉良太郎氏の名前発見。

慈善活動が有名な杉良太郎氏。

海外で彼のこういった一面を見られたことに感動!

ファンになります。

 

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一番の目的はここ。

ビルマの竪琴のモデルとなった方のお名前が。

 

 

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本堂のようなところで現地の方が名簿の管理と
お線香?のようなものをくれるので、多少の心づけを渡してお焼香。

海外のこういう神聖な場所へ訪れると、自分が日本人であることを実感。

 

運ちゃんにお礼を言って帰路に就くことに。

今回の道の途中、中国人墓地があって場所を間違えたのですが、そこは非常に広くて大きい。

日本人はどちらかたというと小さくて、なぜ中国人墓地はあんなに大きいのか、運ちゃんに尋ねると

「彼らは今もミャンマーに多く住んでいるから、日本人のように戦死した人たちの墓ではないのだよ」

とのこと。

なるほどなあ。