性別変更を切望した元男性客

過去に勤めていた会社では顧客情報を厳重に取り扱っており、顧客の個人情報に変更があったときには常に情報更新を行っていた。

 

変更の殆どは氏名変更と住所変更だが、ある時、

 

「性別を変更したい」

 

という "女性" 客が訪れてきた。

 

当初は僕の聞き間違いだと思い、もう一度聞き返したが、やはり「性別を変更したい」という。

 

そのお客は声こそ少し低いものの、見た目は美しめの "女性" で、男へ性別を変更したいのだろうか?ということで、僕の思考回路はすっかり混乱してしまっていた。

 

冷静さを装いつつ一旦本人確認を行い、その客が提示したIDと説明を聞いて納得がいった。

 

彼女は、戸籍上も体の構造も元男性だったが、性転換手術を受けと話し、肉体は女性になったので、書類上でも性別をきちんと "女性" に変更したい、というものだった。

 

このようなケースは初めてだったために動揺したが、とはいえ当時の僕は、渋谷区の同性パートナーシップのニュース等を見ていて、

 

www.huffingtonpost.jp

 

多様性を許容する日本の変化を嬉しく思ってもいてことから、何とかしてこの "女性" のために性別を変更したかった。

 

気を取り直して社内のマニュアルをかき集め、コンプライアンスに問合せを出し、上司とそのまた上司、更には他の部署をも巻き込んで調べあげた。

同僚も熱心になって一緒に調べてくれて、僕と一緒に行動した会社の人間は誰もが、この画期的な出来事に熱を持って取り組んでいた。

 

だが残念ながら、会社が出した答えは「NO」だった。


本人確認書類において、 "女性" を示すものを持ち合わせていなかったのがその理由だ。

 

あまりに無念で、 "女性" 客にかける言葉にも迷ったくらいだが、そもそも、性別を変更する、ということはどういうことなのだろうか。

 


僕は知らなかったのだが、日本では10年以上前にその法律がすでにスタートしていたようだ。

 

 

www.bengo4.com

 

性同一性障害者特例法をめぐる現代的状況
http://www.law.tohoku.ac.jp/gcoe/wp-content/uploads/2009/03/gemc_01_cate4_6.pdf

 

 

 上記の記事によると、戸籍上で性別を変更するためには以下の要件が必要となり、

 

 

「性別変更の要件は、『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律』に定められています。その要件は、次の通りです。

(1)2人以上の医師により、性同一性障害であることが診断されていること

(2)20歳以上であること

(3)現に婚姻をしていないこと

(4)現に未成年の子がいないこと

(5)生殖腺がないことまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること

(6)他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること。

以上の6要件を満たしている場合、診断書などの必要書類を準備し、家庭裁判所に審判の申立てを行うことにより、性別変更が認められます」

 

 

その手続きが容易でないことは専門家でなくてもわかる。

 

 

 

戸籍上において性別を変更しなければ、それ以外の個人情報でも性別を変更するのはかなり難しい。


だが、上述の "女性" 客も含め、自身の性について長い間悩んできた人間は、きちんとした性別に変更することは、我々が思っているよりもずっと大きな意味を持つものであり、それは人生を賭けた、そして、自身のアイデンティティーを確立する以上の、
崇高なモノなのかもしれない。

 

パートナーシップ制度が始まってからというもの同性同士のカップルが数多く誕生し、それに伴い同性同士の結婚生活の流れの中で、 "子供を持つ" 事に関しても注目が集まり、実際に男性カップルが初めて養子を引き取る画期的な出来事もあった。

 

性を越えて、家族を作ることが出来る時代が、もう現実に到来しているのだ。


それでもやはり、性別変更を切望した "女性" 客の念願が叶わなかったように、まだまだこの分野の問題は山積みだ。

 


一つ救いだったのは、僕に断られた "女性" 客からは、強い希望を感じたこと。

 

彼女は特に悲しむでもなく、怒りを見せるでもなく、少し笑みを浮かべ、一言だけ

「分かりました」

と、堂々とした態度で去っていったのだが、全身から

「女性として生きる」

という、力強い気持ちを彼女からは感じた。

 

あれから月日は流れたが、この手のマイノリティの人たちの良いニュースを目にする度に今でも思い出す、最も印象に残る女性客だった。

 

彼女は今どうしているだろうか。