気まづいステーキ屋でフードライターと遭遇
ここ数年ステーキブームが続いており、僕もご多分に漏れず、また単純に精神が参っていたこともあり、ある時期ひたすらステーキを食べる日々が続いていた。
話はとあるステーキ屋を訪れたとき。
開業したばかりのそのステーキ屋は、両隣がラーメン屋と定食屋があり、それぞれの常連客で毎日のようににぎわうような場所に位置し、業態が異なるのでそれぞれ競合することなく、すみわけも出来るような絶妙な場所ではあった。
ステーキ屋は店内も非常にきれいで清潔感もあり、今やステーキハウスでは珍しくない、サラダ、スープのセルフサービスかつそれぞれ食べ飲み放題がついて、ステーキも200Gが1,000円からという良心的なメニュー。
加えて24時間営業だったので、僕のような不規則な仕事に就く身としてはありがたい店でもあった。
夜9時くらいに入店すると、既にカウンターで食事をとっていたちょっと太めの男性客と僕を含めて2名のみ、少ないなと思ったが。
またそのカウンターに座る男性をどこかで見た事があるな、とも思っていたがその時は気にも留めず、食券販売機で200Gステーキを購入し、僕もカウンター席についた。
店に入った時から気付いていたのだが、このステーキ屋、雰囲気が重苦しい。
「いらっしゃいませ!」とか、「ようこそ!」といった店員のあいさつや笑顔も一切ないし、ちょっと店員が会釈するのみ。
あれ?と思ったがもう入ってしまったし別にステーキが旨ければいいやくらいの気持ちでいたのだが。
ステーキを待っている間、サラダとスープのセルフサービスを自分で盛り付けるためにそのコーナーへいくと、経営者と思われる男性と従業員とのおしゃべりが目につき、そのとき男性経営者と目が合ったが、その威圧するような視線がより一層、僕の気持ちをなんだか不快な気持ちにさせた。
更に臆した僕は、カウンターで小さくなってサラダとスープを黙々と味わっていると、同じくカウンターに座っていた太めの男性客が自身が食べている食事をコソコソと写真を撮っていることに気付いた。
その様子から、彼がローカル新聞にコラムを持つその新聞社の社員兼フードライターだということが分かる。(僕は新聞社で彼を遠巻きに見た事がある)
フードライター。
僕には聞きなれなかったが、その名の通り食に関する記事を書いている人を指し、例えば以下のようなコラムがそれにあたる。(今回のライターとは無関係)
彼もそのフードライターの端くれで、熱心に写真を撮っていたのだが、それより何より、写真には表れないこの店の重苦しい雰囲気にのまれていて食事をするのがなんだか気まづかった。
原因は、経営者と思われる男性。
僕のステーキを持ってくる時も無言で持ってきてテーブルに置いた後、無言で去っていった。
そして食べている間も僕の後ろを頻繁に通っては、射るような視線で食べている様子を見て通り過ぎ、人は視線を受けながらおいしく食べることはなかなか出来ないものだから、僕も味落ち着いて味わうことは出来なかった。(とはいえ味は普通)
食べている時にあまりの重苦しさに、カウンター並びに座る太めのフードライター氏と少し目が合い、彼も同じ気持ちなのだと気付いた。
ふと思ったのは、このフードライター氏は、こういった店で食した後はどのような記事を書くのだろう、ということ。
正直な話、肉は固めでそんなにうまくはないし、サービスは良くなく雰囲気は重苦しい。
サラダとスープくらいが僕の冷え切った気持ちを温めてくれたが、フードライターに限らず、食を評価してご飯を食べている人間は少なからず、このようなどうしょうもない店に入ってしまう事もあるはず。
顔が売れているとあまり変なことは言えないし書けない、というのが人間心理的にはあるような気がする。
フードライター氏は食事を済ませた後早々に店を後にし、帰り際に「ごちそうさまー」と声をかけるも店員からは一言も無し。
僕も追いかけるように食事を済ませて、二度と行かないだろうなという思いで退店。
後日、フードライター氏の書いた記事を読んでみると、綺麗な内装と、サラダとスープ、そして自身が食したステーキとハンバークの感想のみでそれ以外のコメントは一切なかった、うまいもんだなあと僕も苦笑い。
フードライターについては養成講座を提供する協会があることが判明。
フードライター氏も、こういうところで書き方については徹底的に学んだのだろうか。
うまいもんだ。
一方、後日そのステーキ屋を通ると潰れていた。
顧客に支持されなかったのだろうか。
だがもしかすると、安価で提供するステーキ屋なので、その他のサービスについては企業努力は一切しません、という営業方針だったのかもしれない。
だとすれば経営者からは1,000円程度でごちゃごちゃいう僕のような客はうとましい存在なのだろう。
ご馳走様でした。