読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世の中の社長は話を聞く筋肉が弱いのか

メンタル・人生・格言

人の話を聞き続けることは、非常にエネルギーを要する。

世の中は話したい人ばかりだから、聞き手はいつも不足していて、それが出きる人には需要が集まる。

最近気付いたのだが、社長という肩書がついている人ほど、話が長い傾向にある。こちらの話なんかほとんど聞かない。

不動産会社の面談に行った時、社長自ら応対してくれたことがあったが、一時間近く話をされた。

延々と事業とは関係のない話を、内容を頭に入れるのは勿論のこと、きちんと相づちを入れながらも聞くというのは、なかなか骨のおれることではあるが、人間は他者からしか学ぶことが出来ないと思っているし、それに、元来から聞くのは結構好きな方なので、話の腰を折らずにずっと聞き続けることが僕はできる。

とはいえ、一時間近く話した不動産会社社長は、ついぞ僕を採用しなかったが。


社長という立場の方々は、その職業柄、人前で話すことは多い。
最も多くの時間が割かれるのは、自社社員の前で話すときだろう。

どんなにつまらない内容で、どんなに眠くても、基本的に聞かない社員はいないし、むしろ直立不動でメモも時には取りながら社長の話を聞く、という場面はまだまだある。

今年1月の水曜日のダウンタウンで、「社長が万歳を止めない限り、社員も止めない説」といったテーマが放送された。
普通、万歳というのは、「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」と、三回までだが、社長がそれを越えてもなお続けると、社員はおかしいと思っていても、その万歳を止めない、というもの。

すぐにやめるところもあったが、最多は400回以上万歳を続けた。

それくらい、社長の影響力はまだ強い。

だが不思議なのは、あれだけ社員の前で話をしても、それ以外の場で更に自分の話ばかりをする社長がいることだ。

僕の面談の社長もそうだし、聞くところによると飲み屋でも同じようだ。 

家に帰っても奥さんや娘は自分の話なんか聞かないし、社長同士の集まりでも同様。

そうすると、金を出して自分の話を聞いてくれる、夜の店に足が向くのは自然なことなのだろう。

その話し方もなかなか巧妙で、「1ついい?」と言いながら、百くらい話して聞かせるといったものらしく、僕もそれでしょうもない話を聞いてしまったことが何度もある。


なぜ、人の話を聞けず、自分の話ばかりをするのか。

なるほど、と思ったのは、「筋肉」というもの。

どういうことかというと、冒頭にも記したように人の話を聞くのはエネルギーを要することなので、そのためのトレーニングが必要になる。

筋トレのように適度な頻度、あるいは毎日、自分以外の人間の話を聞く努力を続けると次第にその筋肉が鍛えられ、より長く、より深く話を聞く能力が備わる。

その「聞く筋肉」をより発達させ、発揮できるのは、賢く、有能で知見のある人間に限られ、多くの社長にはその筋肉もなければ、鍛える気もないそうだが。

僕は自分が賢いとは思わないし、その点で言えば客観的には、社会的成功とそれなりの収入を得ている、話を聞かない社長の方に軍配が上がるはずだ。


彼らは、何か1つの道を極め、収入に繋げる能力の高さもあるから、今後の人生において他者の話に耳を傾けなくても生きていけるかもしれない。

だが何もない僕がそれをやると、なかなか致命的なものがある。

自分の話がしたくない訳ではないが、やはり聞く方がためにはなるし、一度きりの人生において、他人の人生を多少なりとも垣間見ることが出来るのはプラス面が大きい。

それに、幸いにも世の中には話したい人間ばかり増え続けているので、トレーニングには最適でもある。

だが一方で、聞くばかりだと相手への伝え方が少々おろそかになる。

このblogも何を言っているのか、何を伝えたいのか分からずダラダラ書くことは結構ある。

書いている目的は別のところにあるが、もしかすると、聞くことの方が伝えるよりも楽で簡単だから、そこに逃げているのかもしれない。