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日本は借金大国なのか、本当はそうじゃないのか

借金は膨らみ続け、今やその額1000兆円。

国民一人当りの借金はなにがしで...。

ニュース、新聞、その他メディアでは日本の借金が多額で、かつ増税は避けて通れないと警笛を鳴らす。

政治家の恐らく多くがそう思っているのかもしれない。

嘉悦大学教授の高橋氏は、一貫してその説を否定する。

それは現在の安倍政権よりずっと前からだ。

 

 

国の借金が1000兆円あるといっても、日本政府は巨額の金融資産を保有しており、負債(借金から)資産を引いた純債務は、約490兆円。
このうち、国債の400兆円以上は日銀が保有している。
財政法では、日銀が保有する国債は償還期限が来ても全額借り換えが出来ると定められているから、永久に返済しなくてもいい。
(省略)
そう考えると、日本の純債務は実質的にゼロに近い。
金融緩和で日本の財政再建は終わっているのだ。

 

 

僕は専門家では無いので国の財務状況や、どこにお金がかかっていてどこが不足しているのか、そういったことは全く分からない。

だが、不思議に思うのは、今日もニュースで流れていたが、2011年の東日本大震災で被災し、今も仮設住宅で生活している人々がいる中、復興は100パーセント完了していないし、まだまだそこでお金は必要なのに、東京オリンピックだけでとんでもない額のお金が浪費されている。

 

加えて、今の築地市場移転問題で責任転嫁ばかりで結局うやむやになっている件でも莫大な金額が動いている。

ドブに捨てているのは間違いないが、逆に言えば、それだけのお金が"ある"ということだ。

本来は、必要なところに回すお金は、"ある"のだ。

 

「国家はなぜ衰退するのか」という著書では、メキシコにあるソノラ州ノガレスと、国境を隔てて実質的に隣にあるアメリカ合衆国アリゾナ州のノガレス、それぞれに在住する国民の経済格差の理由を紐解いていたが、全ては、国のトップが執る制度にあると結論付ける。

 

日本は今間違いなく過渡期にあって、トップの政策がこれほどまでに問われる時代はそうないと感じる。

その国の代表は基本的に我々国民が決めるので、現政権に不満があるのなら、少なくともそれは国民一人一人の責任になるということになる。


今"ある"お金を、国家として有意義なことに使うには、良くも悪くも国民性が問われているということだろう。

だが、これだけ閉塞感が渦巻く環境で、何をどう声を出し行動して良いのか分からない一個人は、無力感を感じ人生を送るしかない。

 

いずれにしても本当の意味での、国民的政治家を輩出しなければならない。