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桃源郷から経済社会、そして新しい世界に

2017年になって、酉年は人口数が最も少ないとか、しょっぱなからあまり良くないニュースが流れていた。

こうして考えてみると、ここ数年間、日本は様々な業界が成熟化し過ぎたのか、縛りがどんどんきつくなってきていると実感する。

特に法整備面ではそれが如実に出ていて、マイナンバーやマネーロンダリング関連がその一例。

 

一頃前に日本から外資系金融機関の撤退が相次いで、様々なメディアが、日本もいよいよ終焉、アジアの中でも金融面での優位性は失われ、シンガポールや香港にお株を奪われてしまったと嘆いたが。
一人あたりGDPや全体ではシンガポールや中国に抜かれし、東京市場の取引規模が下がってきているから、そういう一面は間違いなくある。
その点に関しては良いニュースはない。

たが一方で、日本での商売にやりづらさを感じて企業は撤退した、という側面もあると僕は思う。

外資系の金融機関は、日本では、1度作り上げたシステムに追加で金を投入するということをあまりやらない。
理由はわからないが、いつまでも同じシステムで、楽してお金を儲ける方法を本気で考える。

日本の金融機関のように、小さい利益をコツコツ積み上げる、という概念はない。

そうすると、当局の監視が甘い国で、様々なマネーが動くところに事業をシフトさせるのは当然の流れだし、増税したい日本国政府の元では事業は展開しにくい。

もちろん、全ての企業に当てはまるわけでは無いが、撤退する企業全てに、「日本は見放された」という認識を当てはめてひとくくりにはできないと、いうことを言いたい。
企業やマクロレベルだと、そこから場所を変えれば良いだけで、元々グローバル企業はそれだけの資本力もあるのだから、そう難しくはない。

 

だが、これが個人になると話は異なる。

様々な慣習や常識等の縛り、その網からあぶれると「他には生き方はありません」みたいな、辛い選択を突きつけられる場面が多いように感じる。
とにかく最近は何をしても叩かれがちだし、言動一つでキャリアどころか人生まで台無しになる。 
それはもちろん、他人に悪い意味で大きな影響を与えるから、叩かれる側面があるのは否めないが。
何というか、極端な話、冗談すら言いにくい世の中だ。

 

僕の友人はそういう息苦しさに嫌気がさして、中国の田舎に引っ込んで生活している。
言わば事業を海外にシフトさせたわけだ。
中国で働いて得られる給与は少ないが、福利厚生がしっかりしていて、月に五万円くらいは貯金出来るようだ。
日に2時間働いて、午後はゆっくりと本など読んで過ごし、年間の休みもかなり多い。

友人はその生活ぶりを、「桃源郷で過ごしているようだ」と話す。

これは異質な生き方と概念ではあるが、その選択肢は割りと前からあり、新しいものではない。

 

それに、友人自身もその生活に飽きていて、あんなにゆっくりとした生活を渇望していたはずなのに、今は「経済社会へ戻りたい」と苦笑している。

だが友人がいうそれは、いわゆる日本型の、疲弊した、過剰な消費を求める経済社会ではない。

高度な進化を遂げた、中国型の経済社会だ。

中国が資本主義のようなことをやりだしてから随分時間は経つし逆にアメリカが、その経済の行き詰まりから、社会主義のような政策を導入していて、日本もその影響を受けている。


日本でも、あくせくする働き方や生き方に背を向け、必要最低限しか働かず、生活にかかるコストを落として「セミリタイア」のような人生を送る人もいる。

 

だがそれは20代から30代と若く、当然、引退したサラリーマンのようにある程度の資本力があるわけではないから、その生活レベルはどうしても質素にならざるを得ないものの、衰退しているとはいえ、今だ経済大国の日本である程度の消費生活を送り、整った様々なインフラを享受して人生を送ることは出来る。

 

大事なのは、それに満足しているということ。

 

友人と日本で贅沢をしないセミリタイアの人間に共通するのは、人はある程度の経済社会でないと生活できないのではないかという点。

友人も、生活にかかるコストは殆どかかっていないようだが、何しろまだ未開発の田舎に住んでいるため、文明社会の娯楽を享受できず、仙人のような暮らしを送っているようで、やはりそれはどこか味気ない様だ。

 

「日本に戻るのではなくて、中国の大都市に出たい」と話し、つまり、ある程度の経済社会が出来上がっていて、中国特有の監視社会はあるだろうが経済活動に関しては比較的大らかなかの国で、自身が求める生活を実現したいのだろう。

 

規制や法整備が未整備な国は、様々な方面で成功者が生まれやすいのは自然の流れであり、中国も成熟し疾走するとの指摘があるが、友人が現地で生活している分にはまだそういったことは感じられず、経済的にも豊かになりたい層はまだまだ分厚い。

 

分厚いという事はまだ成長が見込めるという事であり、規制で彼等を縛ることは出来ない。暴動が起きるからだ。


「だからお前もこっちにこい、日本はつまらない」と友人は言う。


今の日本は確かに明るい話は何もなくて、海外の投資家がヤフーニュースで「日本株には投資しない」とモノ申すのも、もはや見慣れた光景にはなったが、本当にそうだろうか。

 

日本は経済大国の中でいち早く、最も新しいステージに突入する。

来るべき人口減と経済の縮小、その他の国々に左右される中で厳しくサバイバルしなければならない。

 

確かに楽ではないが、何でも一番初めに突入する者たちが大変だ。

それに、日本を捨てて簡単に海外へ出られる人間など限られている、経済的にも、そして精神的にも。

ならば、覚悟を決めて、新しいステージで新しい世界を、自ら切り開いていくしかない。

 

外に出るばかりが選択肢と答えではない。

自分が何者で何を求めていて、どのような選択肢があるのか、それを考えることが重要だ。